無痛分娩をお考えの方へ
硬膜外麻酔分娩の目的
目的は、『痛みを全くなくすこと』ではなく、『少しは痛みを感じるけれど十分コントロールできる程度まで鎮痛すること』と『筋肉を弛緩させることで分娩をスムーズにすること』です。
私達の大切な役目
分娩には痛みと苦しみがつきものですが、痛みや苦しみがなければ、母性が芽生えず、お母さまになれないのでしょうか?
いえ、決してそんなことはありません。西川医院では、元気な赤ちゃんを産んでいただくだけでなく、お母様方の痛みや苦しみを和らげることも私たちの大切な役目と考えています。
痛みの感受性はさまざま
ただ、完全な無痛を望めば、より高濃度の局所麻酔薬を使用しなければなりませんし、広範囲の麻酔効果を得ることだけを考えれば分娩時間の遷延や帝王切開率増加が懸念されます。また、痛みの感受性については個人差があり完全な無痛が得られる産婦さんもあれば、若干の痛みを覚える産婦さんもおられます。
痛みや苦しみを減らす方法
そこで、私達は、完全に無痛にするのではなく、分娩・出産に伴う痛みや苦しみを減らす方法として、硬膜外麻酔分娩を行っています。さらに近年は、お母さまの陣痛の痛みの強さと分娩の進行にあわせて、母性の熟成に重きを置くソフロロジー分娩法(薬物によらない鎮痛法)と、硬膜外麻酔分娩法(薬物よる鎮痛法)を柔軟に組み合わせて、スムーズな分娩となるようにサポートするのがよいと考えられています。
よりよい分娩を求めて
たしかに、分娩現象は非常に良くできた自然現象ですが、『時間がかかる』『疼痛がある』『胎児仮死が起こる』『遷延分娩が起こり得る』など、医学的には不適切な部分もあります。私たちは、この部分ができるだけ少なくなるように、よりよい自然現象(分娩)に向かって努力をしようと考えています。
よりよいお産を創ろう
安全でよりよいお産にするため、当院ではこんなことを行っています。
- 正確に陣痛を計測する
⇒ 陣痛の子宮内圧計測 - 安全な分娩に徹する
⇒ 胎児のモニタリング - 母性の確立
⇒ ソフロロジー法 - 理想的な陣痛
⇒ 必要に応じて少量の陣痛促進剤使用 - 痛みの軽減
⇒ 硬膜外麻酔法を利用する
分娩・出産の鎮痛法に求められるもの
- 母体にとって安全なもの
- 胎児や新生児に悪影響を及ぼさないもの
- 分娩経過に及ぼす作用は最小限に、もしくは、よりスムーズになるように
- 鎮痛法として、効果的なもの
残念ながら今のところ、この全てを完璧に満たす方法はありませんが、その中でも、鎮痛効果が優れて、母体の意識を保ち誤嚥の危険性がほとんどなく、児への影響がきわめて少ないことを考えると、 硬膜外麻酔法による鎮痛法がベストチョイスとなります。
硬膜外麻酔分娩の利点
- 産道の緊張を取り去りますので、赤ちゃんは楽に産まれてきます。
したがって、お産の時間が短くなります。 - 陣痛と陣痛の間は子宮の筋肉は十分に柔らかくなり、赤ちゃんに十分な酸素が供給され、赤ちゃんが酸素不足になることを防いでくれます。
- お母さんの痛みをとってくれますので、痛みからくる血圧の上昇を防いでくれます。血圧が高い方や妊娠高血圧症候群の方には最適といえます。
このように、硬膜外麻酔を分娩に応用することで、分娩時間の短縮、母体と胎児への負担の軽減、産後出血を減少させることが可能になります。
また、陣痛が来ていないときの子宮内圧(基底圧)が低くなり、陣痛間歇期の子宮内圧がゼロに近くなるため、
胎盤血流量の増加により胎児により多くの酸素が供給されるとともに
子宮筋の血液循環を良好に保つことで次の子宮収縮が有効になり、
さらに胎児仮死や子宮破裂の危険因子が減ることも利点です。
このように硬膜外麻酔分娩のメリットは多くありますので、麻酔薬を利用して、これからのお母様には、疲労困憊になることなく、心身共にゆとりがもてる出産をしていただきたいものです。
《分娩の所要時間》
- 通常分娩では(平均値として)
【初産婦:約15~16時間】
【経産婦:約7~8時間】 - 誘発硬膜外麻酔分娩では
【初産婦:約3~6時間】
【経産婦:約1~3時間】
と短縮されます。また、遷延分娩・仮死・弛緩出血が減少します。
硬膜外麻酔分娩の詳細
分娩の痛みの伝達経路
- 分娩第1期には、
子宮頸管の拡張と伸展の痛みが交感神経を介して、第10胸髄から第1腰髄のレベルで脊髄へと伝わる。 - 分娩第2期には、
膣や会陰部の伸展の痛みが陰部神経を介して、第2から第4仙髄のレベルで脊髄に至る。
このように、分娩の始まりと終わりでは、痛みの伝達路が異なっていますので、完全な無痛を望めば、広範囲の麻酔効果を得るため、より高濃度の局所麻酔薬を使用しなければならなくなります。

【図1】分娩・出産の痛みの伝達経路

【図2】硬膜外腔という場所
硬膜外麻酔分娩の開始時期
副作用・合併症予防のためにも、硬膜外麻酔分娩の開始時期が大切です。
一般に、
- 1.子宮口が、4~5cm 開大していること
- 2.陣痛が規則的となり分娩が活動期に入っていること
- 3.少量の陣痛促進剤でスムーズな分娩が期待される状態であること
という3つの条件が満たされている時が、最適といえます。
- ※硬膜外麻酔分娩を行う場合は、子宮口が4cm程度に開大して、自然の子宮収縮が少なくとも20分以内に1回あるころから入院するのが理想的です。
初産婦では、腹緊の間隔が30分から10分ごとになるまで6時間以上かかります。初期陣痛自覚の時期は、夜中が多いので、我慢せずに早朝に入院しておきましょう。
硬膜外麻酔分娩の開始時期
- 準備として、絶食をします
- 浣腸をします(すべての患者様に行うわけではありません)
- 麻酔による低血圧を予防するために乳酸加リンゲル液を500~1000ml輸液します
- 硬膜外腔にカテーテルを留置します
- 胎児への移行が少ない0.25%のブビバカイン(局所麻酔剤)を使用します
特に感覚神経のみの遮断を得やすく、出産・鎮痛に適しています - 5分間に3回、血圧を測定します
- 分娩監視をします《子宮内圧測定と胎児心拍数モニタリング》
- 必要な場合には陣痛促進剤の適時投与をします
麻酔薬の使用総量を少なくするのに役立ちます

硬膜外麻酔分娩での出来事
- 硬膜外カテーテル挿入時に、一過性に下肢に電撃様の異常感覚を感じることがありますが、ご心配いりません
- 限局された部分のしびれ感はありますが、下肢は通常ちゃんと動きます
- 歩行はできません
- 適時、導尿をします
- 分娩進行に伴い児頭の圧迫で直腸周囲の不快感を感じる時があります
- 通常、腹圧は分娩に必要とされません
- 子宮の収縮力だけで赤ちゃんはちゃんと出てきます
- 努責が必要な場合には、陣痛とともに感じる圧迫感を目安とします
- 会陰部の切開や裂傷縫合には、麻酔を必要としません
- 分娩後すぐにカテーテルを抜き去りますので、分娩の約6時間後には歩行出来るようになります
- 麻酔のために出血が増えたり、胎児が仮死になることはありません
確認事項
胎児心拍数の異常や胎盤早期剥離などによる出血など、通常分娩で起こることは、麻酔分娩の施行の如何に関わらずに発生します。麻酔剤の使用量を減らし、良い分娩を創造するためにも、
- 人工破膜
- 子宮内圧測定
- 陣痛促進剤の少量投与
- 抗生物質の投与
を行います。
硬膜外麻酔分娩と帝王切開の関係
- Q:硬膜外麻酔分娩は、帝王切開率を増やすでしょうか?
- A:日本での報告では、帝王切開率が増加したとの報告はありません
ただ、明確な事実として、局所麻酔薬の使用量や濃度を上げると…
《吸引分娩や鉗子分娩が増えます》
《分娩第2期が延長します》
《子宮収縮薬の必要性が増加します》
したがって、ただひたすらに無痛にするために局所麻酔薬の濃度を上げることはあまり感心できることではありません。
硬膜外麻酔分娩ができない場合
産婦さんが希望すれば、禁忌のない限り可能ですが、次のような場合は、行うことができません。
- 出血が多い(低血圧が増幅されるため)
- 凝固異常がある(血腫ができやすいため)
- 感染症がある
- 技術的に困難である
- 心疾患や神経疾患がある
- 患者様が拒否している
硬膜外麻酔による無痛分娩の主要な合併症とその頻度
(以下のように、合併症を予防するため様々な対処をしています)
主要な合併症 | 頻度 |
---|---|
低血圧 | 約20% |
硬膜穿刺後頭痛 | 約1% |
背部痛 | 30~40% |
所麻酔薬の血管内注入 | 約2% |
局所麻酔薬のくも膜下注入 | 不明 |
硬膜下注入 | 0.1~0.82% |
硬膜下血腫 | 非常にまれ |
硬膜下膿痕 | 非常にまれ |
神経障害(異常感覚) | 5~42.3/10,000 |
